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宿院頓宮由緒
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 住吉・大鳥亮大社の御旅所


当地は往古から摂津の国一之宮、住吉の御旅所(おたびしょ)であった。「堺鑑云此地(宿院)は
住吉明神毎年6月晦日の御払御旅所也。」と『住吉松葉大記』は「堺鑑」を引用している。

寛政7年(1795)刊行の『住吉名勝図会』にも同様の文言があり「堺宿院之図」を載せている。

 
その府瞰図(ふがんず)を見ると、石の大鳥居、小鳥居を経て、中央に神輿舎があり、南の方に飯匙堀と
甲之社の小祠、東の方に名越の岡(なごしのおか)があり、丘の上に舳松社(へのまつしゃ)と如意社
(にょいしゃ)が併祀されている。

広さは「東西84間 南北60間」とあり、広大な神域であったことが分かる。

 住吉文書の「社務日誌」に、「此の年より大鳥神社宿院に神幸す」と明治8年(1875)
8月1日付で記されており、この時から住吉・大鳥両社の御旅所となった。
 
 堺の住吉大社と大鳥井瀬神社

 
堺の住吉大社の沿革は、住吉文書及び記録によると、文化13年(1816)年5月住吉から
堺の吾妻橋通りの新地へ、港内の風浪和静ならんことを祝って、御分霊を歓請したのが始まりで、
萬延元年(1860)、波除住吉神社と称して堺港護岸の北波止にお遷しされた。

同所は、対岸に燈台があり、出で入る舟を見守るに相応しいところで、現在も大正11年(1922)
に建立された「波除住吉神社址」の石碑がある。

明治39年(1906)の「神社合祀令」の影響なのだろうか、明治41年(1908)9月の
移転許可を受けて、大正10年(1921)の11月、住吉の境外末社として遷座されたのである。
 
大鳥の摂社、大鳥井瀬神社も同時期同様に当地に遷座された様で、当時の設計図に「右方大鳥」と
あり、同じ建築様式の二社殿が西向きに併祀されていた。元の鎮座地は、石津川の東、八田荘堀上
大明神山と云う。御祭神は、住吉四柱大神と弟橘姫命である。

御社殿は昭和20年7月戦災で炎上したが、同24年に兵庫の廣田神社の御用材を以て
再建され相殿となった。

その後50年を経て再び地元堺の人々に依って平成11年の秋、ご本殿修復の御造営並びに奉告
祭が斎行された。
 
 
  住吉大社宿院頓宮

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